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 サハリン伝道 

小樽港での伝道が進むにつれて、実際に彼の地へ渡って伝道をしようという機運が起きてきました。

どこへ行こうか? 導かれたのは最も手近な所、北海道の北隣の「サハリン」でした。戦前、戦中まで「樺太」と呼んでいた日本の領土でした。多数の日本人が住んでいたのは周知の事実です。 今は、ロシア領になり、ペレストロイカ以降、日本にロシアの漁船が海産物を積んで来るようになりました。

         サハリン

第1回 の「サハリン伝道」は、副牧師二人によって、平成5年(1993年)8月4~8日に行なわれました。
J旅行社のツアーに参加して稚内から船便でコルサコフ(大泊)に渡り、ユジノサハリンスク(豊原)にホテルを取って伝道したのです。

この伝道で水と霊とのバプテスマを受けて救われたのは、男性12人、女性5人、計17人。 それに道央教会の信者であるK姉妹の親戚で、残留日本人の男性1人、女性1人、計2人が聖霊だけを受けました。(6年後に2人とも亡くなったので、K姉妹が身代わり洗礼を受けました。) 合わせて19人の救いがあったので、副牧師たちは喜んで帰り、私たちも皆主のお働きに感謝を致しました。

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               サハリンの玄関、コルサコフ港(大泊)

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              ユジノサハリンスク(豊原)で洗礼式

翌平成6年の 第2回 サハリン伝道は、副牧師1人が結婚して他所へ行ったので、此度は、もう1人の副牧師による単独での伝道となりました。期間は8月2~10日の9日間で、前年同様ユジノサハリンスクを中心に伝道し、西海岸の港ホルムスク(真岡)にも伝道をしました。そして小樽で救われた韓国系ロシア人のM姉妹に出会いましたが、姉妹は通訳を業としている人だったので大いに主に用いられたのです。 また前年ユジノサハリンスクで救われた子供たちも伝道に協力してくれました。 副牧師が荷物から離れて洗礼を施している間にカメラが置き引きに遭いましったが、子どもたちが目敏く犯人を目撃していたので警察に通報して取り戻してくれもしました。 この伝道では、男性37人、女性15人、合わせて52人が水と霊を受けて救われました。 またロシア正教の人も主イエス・キリストの名による真の洗礼を受けたのです。

更に次の年、平成7年8月1~11日に 第3回 サハリン伝道に副牧師が単身遣わされ、ユジノサハリンスク、コルサコフ、ホルムスクを巡って海や川やプールで洗礼式を行い、34人が救われました。(男性21人、女性9人、他に男女それぞれ2人が受霊した。)

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             第4回サハリン伝道参加者(トゥナイチャ湖で)

その後、しばらく中断しましたが、再び行こうという話が起きてく 第4回 サハリン伝道は、9年振りに平成16年6月30日~7月13日の2週間に亘って行われました。この時は、道央教会のT兄弟と、東京教会のN兄弟が参加し、副牧師と3人での伝道となりました。サハリンでは、第2回のとき通訳して下さった韓国系ロシア人のM姉妹も合流しました。毎日のように救いがなされ、 水と霊:男性7人、女性4人。聖霊のみ:男性4人、女性4人。洗礼のみ:男性2人、女性2人。合計23人でした。 T兄弟が記録を取り、N兄弟が写真を担当したので,立派な証集ができました。感謝です。ハレルヤ!

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                           第4回サハリン伝道

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2015.05.12 / Top↑

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