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 大聖会の準備

初代監督村井じゅん先生は、「聖会の目的」と題して、第1に聖霊降臨の為、第2に教会完成の為と述べておられます。(聖霊誌57号)。 この趣旨に従い、各地にできた教会の発展のために大聖会が開催されました。

初めて大聖会が行われた昭和十年代は、米と毛布を各自持参して参加したそうです。 北海道大聖会は昭和34年から始まり、私は第1回目から出席し、31回目まで主に事務方の仕事をして手伝いました。

当時の北海道大聖会の主催教会は札幌教会でしたが、側面から見ていて主催教会のご苦労が分かりました。 大勢の来客を迎えるのにはそれなりの準備が必要で、各教会宛に案内状を発送し、返信を待って出席者の人数を把握し、次に遠方からの先生方や聖徒方の宿泊を考え、教会や信者有志の家に割り振りし、夜具の用意をし、 4日間の会期の間の3度の食事のお世話は、姉妹方の仕事で、年に1回のことながら、食卓や、鍋・釜・食器・ヤカン・聖餐式のコップなどを揃えました。また、費用も莫大に要したので、主催教会のご苦労は、一口で言い表すことができません。

そういう中で、急に道央教会で北海道大聖会を行うようにと御用が与えられたので、どのようにしようかと考え、できる範囲で始めよと思いました。

その頃には、宿泊は殆どが各自でホテルや旅館を手配して来られるようになっていたので心配はいりませんでした。 あとは食事の問題ですが、仕出し屋に頼んで弁当を取り寄せるようにしました。それまでの慣例とは異なりますが、それ以外に方法がなかったのです。 これが最初で、そのあと他の大聖会でも弁当に切り替わっていったので口火を切った形になりました。

参加者は200名程、うち牧師は58名、道央教会からは72名が参加しました。

会堂と牧師館の間の通路にテント張りの受付を設けました。 また、食事の場所として、牧師館のすぐ隣に空き家があったので、そこを借りて食卓を並べて使わせてもらいました。 翌年もと思っていたら、そうは問屋が卸さず、解体して更地になってしまいました。でも100メートルほどの至近距離に「カデル影山」というアパートが空いていたので、そこを借りて食卓を配置しました。カデルと言うのは、北海道弁で”仲間に入れる” という意味があるので、大聖会にはぴったりだなと思いました。ここは、その後も大聖会毎に食事の場所として借りることができました。 そして最後は、現在の新会堂を建てる時に、仮会堂として使わせてもらいました。

こうして、2000年まで10回、北海道大聖会の主催を勤めさせていただき、感謝です。 振り返ってみると、正しく「大聖会の指導者は主ご自身」であると証することができます。 ハレルヤ!

 準備ができた
               会堂の内も外も準備が整い、皆様のお出でを待つばかり

 カデル影山で食卓をセットする
                      カデル影山で食卓の準備もできた

 聖餐式で司式される監督村井スワ先生とお手伝いをする筆者       大聖会に集った先生方と聖徒方
聖餐式で司式をされる監督村井スワ先生と補助役の筆者     集われた先生方、聖徒方


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2015.01.22 / Top↑

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