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 北海道大聖会の開催

思いもかけないことから、道央教会で北海道大聖会を開催することになったのは平成3年(1991年)のことであった。

それまでは、昭和34年(1959年)から平成元年(1989年)までの31年間、札幌教会が主催教会として任に当たっていたのであるが、平成2年(1990年)に至って当該教会のH牧師が5月の関東大聖会に出席後、6月に行われる筈の北海道大聖会は開催を中止のやむなきに至ったと通告する旨を記した置手紙を監督宛に残して帰るという、前代未聞の出来事が起きたのである。 そのようになったのはH牧師側にそれなりの理由があると思うのだが、神のみぞ知るゆえに、触れないでおこう。

関東大聖会を終えた翌日に開かれた教役者会で、監督がこの事実を発表し、牧師一同に衝撃が走った。 その後の食事会でもこの話題で持ちきりになった。

その時、同じ食卓に付いていた○○牧師が私に「北海道大聖会をやりなさいよ」と言われた。この牧師は、大聖会の主催をした経験のある方で、荷が軽くなるように二、三のアドバイスをしてくださった。

その後、色々と話があり、北海道の牧師数名が集まって相談会なるものも開かれたが、人間的な工作は私の好まぬところであり、大聖会の指導者は主ご自身であるから、上からの示しと証がなければ駄目だと思っていた。そこで只管主に答えを与えて下さいと祈り求めた。 そして次第に大聖会に対する重荷が増していったのである。

証として、札幌教会のH牧師から大聖会用の手付かずの椅子や品々が送られてきた。また他の道内の教会からは座布団や献金が送られてきた。

6月には金沢教会の伝道25周年感謝・祝福祭があり、副牧師の娘を連れて出席した。 監督先生が大聖会に就いて何事か言われた場合に、聞き漏らしのないようにするためであった。 その折、監督村井スワ先生から「大聖会をやってください」とお言葉を頂いたのである。 そして、その年はお休みにして、翌年に開催するということになったのである。

(一方、札幌教会のH牧師は、同年11月に教団を離脱し、別名の単立教会に変更した)

その頃、こういう夢を見た。 会堂のような広間に大勢の牧師が並んで立っている。 右と左とにそれぞれ50人位ずつが三角形  の形で向かい合って立っていて、左側の先頭に村井スワ監督先生がおられた。

見ていると、真ん中の空いた所に、一人の牧師が手に木製の椅子を持って現れた。その椅子は二人掛けである。そしてその牧師は私に「この椅子に座りなさい」と言った。

私は思った。 大聖会の主催教会の牧師の座は、金・銀・宝石のような立派な座ではない。この木製の椅子のように地味なものだ。主が言われたように、人に仕えられるためではなく、仕えるための座なのだと。

そして、今でも不思議に思うのは、あの椅子が二人掛けであったこと・・・。 もう一人は誰なのだろうと考えている。


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2014.12.25 / Top↑

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