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 心臓病で教会一筋へ

昭和56年(1981年)の3月から私は新しく設立された道央教会と、以前からの江別教会、それと江別の印刷会社、この三つの仕事をこなしていた。当時の日課は、月曜日から金曜日までは、江別市の野幌にあるS印刷会社に出勤である。毎朝家を出てバスに乗り40分程で会社に着く、それから仕事をして夕方の5時に終業だが、それで終わったためしはない。大抵残業となり、家に帰るのは8時、9時、時には深夜に及ぶこともあった。

一方、教会は土曜日に安息日礼拝を道央教会で午前に行い、午後からバスで江別で行った。そして江別教会に一泊し、日曜聖会を午前に行って、午後には札幌に戻り、道央教会で日曜聖会を行ったので、二日間で都合4回集会をし、動きっぱなしで自分の体の休まる時間はなかった。

当然のことながら無理が出てきた。風を引いたわけでもないのに咳き込み一向に良くならないのである。後々分かったことだが、これは心不全により肺が圧迫されて出る咳であった。

その年の11月16日、社長の代理で江別市役所に商談で出かけた。先客がいたので暫く待っていたのだが、その時嘗て体験をしたことのない心臓の震えを感じた。気分が悪くなりかけたが、場所柄を考え、深呼吸を数回繰り返すと収まったので、商談を無事に終えて会社に戻った。

だが、翌17日のこと、会社で机に向かって仕事をしていると、突然前日と同じ不整脈が始まった。しかも深呼吸をしても治らない。更に深刻な状況に進み、激しい頻脈の動悸が起きたのである。平静でいようという自分の気持とは裏腹に、全くコントロール出来なくなり、身を横たえるだけだったが、居合わせた人々が異常に気づき、救急車で近くの野幌駅前の病院に搬送された。然しここでは治療の施し様もなく、院長が付き添って再び救急車で札幌中央病院の救急救命センターに再搬送されたのだった。

色々な線で機械と体が繋がれ、ベッドに横たわった私の中で、心臓は私の意志とは関係なく、激しい動きを繰り返した。数分間物凄い勢いで頻脈を打つのである。ドンドンと音が聞こえんばかりで、体がそのたびに飛び上がるのである。かと思ったら何事もなかったかのように静かになり、また数分経ったら激しい動悸となり、これを繰り返した。熟練な医師が、「凄いな!」と驚くほどにである。この時ばかりは、心臓って自分とは違う生き物だなという感じがした。

点滴で利尿剤が使われ、大量の尿が取り出されたようである。私の体は無理が重なり、水分が抜けず浮腫み、心臓は四苦八苦して限界になっていたようである。 

母親を亡くした子どもたちにとっては、父親の異変は大ショックだったであろう。それでも親戚や近隣の教会の先生方に連絡を取り、見舞いや神癒祈祷をしていただいたのである。

この入院とカテーテル検査の結果分ったことは、傷病名「うつ血性心不全」など3種、その原因「先天性心房中核欠損症」であった。生まれつき心臓が悪い事は自覚していたが、明らかな病名が出たのだった。後日、心臓の手術を受ける様に勧められた。 この入院中、大部屋に移ってからは、患者仲間に福音を語り、数名の方が聖霊を受けたのである。

12月25日に症状が軽快したので退院し、これを潮に会社を退社することに決めた。社長に辞表を提出すると、このたびも引きとめられた。だが、私の意志は固く、退職の方向に持って行った。社長は「会社を辞めたら生活して行けないのではないか」と言ったが、「大丈夫です」と言い切り、年末をもって円満退社し、晴れて教会一本で進むようになった。

然し道央教会は良いとして、雪で埋もれた無人の江別教会を掘り出して集会をすることは、私の心臓にとって非常にハードなことだった。 翌57年(1982年)3月30日、咳や息切れ等の心不全症状が出現し、再入院。 実は始めは風邪だと思っていたのだが、自分ながら様子がおかしかったので、近所の開業医で診察を受けたところ、出来てきたレントゲン写真を見て心臓の大きさにビックリ! 直径が20センチもあった。 前回の入院で聊か知識があったので、これはただ事ではないと直感し、札幌中央病院に行ったのである。このたびは心嚢炎であった。心臓を包んでいる心嚢に水が溜り、心臓を締め付けて心不全を起し、一方肺を圧迫し呼吸困難を起こしていたのだ。カテーテルを使って1.3リットルもの水を抜いた。軽快して退院したのは6月16日の事だったが、この間、道央教会は信者である父が守り、丁度、大学を卒業したばかりの長女は、牧師となるべく主が道を開き、献身して日本聖書大学院に入学したのである。

その後私の主にあっての仕事は、道央教会一本に定まり、今日に至っている。

初回の入院時に見舞いに来られた或る牧師先生に私はこう話した。「私は心臓が悪いと言いますが、悪かったお蔭でイエス様に救われました。この心臓は私にとって良い物なんですよ」 と。





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2014.08.03 / Top↑

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