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 道央イエス之御霊教会の発足


昭和56年の年が明けた頃、突然、札幌の白石に住む父の榮蔵兄弟から電話がかかってきた。

「家に来て一緒に住まないか?」 と言う誘いの電話である。

父の齢は80歳、母も77歳を迎えていた。 父はこのところ心臓が弱り、僅かの坂道でも登るのに難渋するのだという。 

生前の妻が言っていた。「お父さん方が年を取ったら、家に来てもらってお世話をしようね」と。 今は、その妻は亡くなり、代わって父の方から「来てほしい」と言ってきた。

私は、生涯江別で伝道をしようと気持ちがあって、札幌に戻ろうという気持をそれまで抱いたことはなかった。けれども、日ごと夜ごと頻りにに父母のことが気になっていたのである。

一方では、前述の如く、江別で家を探したり、土地を買おうとも考えていたが、道が開かれなかった。

祈りに祈りを重ね考えた挙句、札幌に戻り、父母と同居して、教会を興すのが主の導きであると心を定めたのだった。

父母は、救われて以来UPC教会に通っていたので、父母の家を教会にすることと、イエス之御霊教会の信者になってもらうことの二つを条件に同居をすると伝えたら、喜んで申し入れを呑んでくれ、その旨UPC教会の牧師に伝えて別れの挨拶をしてきた。

私は、江別の教会はそのまま継続し、札幌から通うことにし、信者方に話をした。

教会の名称を「道央イエス之御霊教会」と定めて、2月24日に事の次第を監督村井スワ先生に伝えたのである。 監督はとても喜んで下さり、「今年の北海道大聖会の翌日に設立感謝祭・祝福祭を致しましょう」と言って下さったのである。

3月21日を引越しの日と決め、準備に取り掛かった。 これに要する費用は30万円、前年天に召された山岡姉の1年祭が1月15日に行われ、「母がお世話になりました」と遺族の息子さんが感謝献金を献げてくださった。その遺志を生かし、それをもって講壇の作成を家具製作所に依頼し、集会案内の看板を手作りし、白石に移ってからGWに外庭に洗礼式場を父と息子とで力を合わせて作ったのだった。

思えば23年前、札幌から江別に遣わされた時は、妻と生後間もない娘とオート三輪に荷物を載せて行ったのだが、此度は、4人の子どもと2トントラックの荷物に増えていた。 江別の教会には講壇と僅かの家具を残し、凡て積み込んで、最後に三人の聖徒と妻の遺骨を風呂敷に包み、江別を後にして札幌に向かった。

そして、4月5日「道央イエス之御霊教会」のスタート祝って、父母と家族、聖徒と共に記念礼拝を開いたのである。

     File0050.jpg   
                道央教会設立
    File0049.jpg  
                設立時の全景
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2014.05.04 / Top↑

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