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農 村 伝 道 者?


江別伝道を始めた翌年の春、私より2,3歳年上の兄弟が訪ねてきた。

自己紹介して言うには「自分はセブンスディの信者で、教会の文書伝道者ですが、通りすがりに教会の看板を見たので立ち寄りました」とのこと。

そして言葉を続けて「あなたは農村伝道をしに来たのですか?」と尋ねるのである。

「いいえ、私は江別伝道に来たのです」と答えた。

伝道には、都会も農村もないではないか、変わったことを言う人だなと私は思ったのだが、K兄弟の目からすると、町はずれですぐ隣は水田地帯という場所に教会を開いたので「農村伝道者」と思ったというのである。

K兄弟とは直ぐ信仰の話しになり、私は「水と霊」について語り、聖霊を受けるように勧めたのだが、彼はセブンスディの信者で、伝道までしているというプライドがあるのか、中々受け入れようとはしなかった。

それでも、その後通りがかると、ちょくちょく寄っては色々話をしていくのである。

それで、私も彼の家を尋ねることにして自転車で出かけた。家は教会から水田地帯を通って4キロほど行った所である。彼は両親と一緒に生活していた。

ひとしきり話し込んだ後、私は「お祈りして聖霊を受けませんか」と勧めると、霊に飢え渇いていたのであろう 「良い場所があるので案内しましょう」と外に連れ出してくれた。

その家の近くに「千古園」と名づけられた公園があった。明治の中期に江別の東西野幌開拓に携った北越植民社社長の関谷孫左衛門の住居跡である。こんもりと木々が生い茂り静かなただずまいを見せていた。

その中程まで行って二人で切株に腰を下ろし、K兄弟の聖霊待望会をした。「ハレルヤ、ハレルヤ・・・」と祈る内に、兄弟の口から異言の祈りが出てきた。祈り終えて「兄弟、聖霊を受けましたよ」と言うと、K兄弟は喜んでこう証をしてくれた。

「祈っていると、急に周りが何も見えなくなり、何かに囲まれたようになったのです。ただ天だけが開いていて、自分と神様だけになるのを感じました。こういう不思議な体験は初めてです」と。

この証を手紙の中で監督の村井じゅん先生に書き送ると、回し状に添えて返信を戴いた。

「セブンスディの〇〇兄弟の為には祈り居ります。世の信者はユダヤ人の如く熱心なれど真の知識なきためその軌道をはずれて走っています。悲しきことです。主が先生を之れらの教役者の爲にも御用いあらんことを。・・」と。

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2013.02.19 / Top↑

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