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 一大転機 

光のある間に光を信ぜよ -ヨハネ伝12:36-

私の伝道生涯にとって決定的な一大転機が訪れた。

1958年(昭和33年)9月、沖縄で伝道していたイエス之御霊教会のN牧師が突然私たちの教会を訪れて来たのである。

N師と会うのは1954年以来これが三度目であった。N師は神以外の何者も恐れない大胆な伝道者で知られていた。

教会に来るなり開口一番「この教会は呪われている。ここを出てイエス之御霊教会に来なさい!!」と言った。

その場に居合わせた私の父は、烈火のごとくに怒ってN牧師に「何を言うか」と言葉で立ち向かった。

私は傍らに立って、二人の論争を見守っていたが、小一時間程してN師は帰って行った。

この出来事を境に私は二つの教会の何れを取るべきか考えざるを得ない状態になった。

考えてみると実に無礼千万な訪問である。しかしこの位の爆弾が落ちなければ気付かぬこともある。

         *    *    *    *    *    *    *    *    *

前述のごとく、ヌキダ師が「悔改め」を語り出して以後、御霊の働きは薄れ、祝福を感じなくなった。

この事に敏感なのは信者であった。「水と霊」を宣伝えていれば得られた恵みと祝福が教会から去ったのを皆が感じていた。

折も折、1年前にここを去ったK師が札幌に戻ってきて、別な場所で教会を開いた。「〇〇イエス之御霊教会」である。

信者は一人去り、また一人去り、遂にはほぼ半数がそこへなだれ込で行った。

そこへもってのN師の来訪である。

私は思った。自分が救われたのは「水と霊」に由る事を。ユナイト・ペンテコスト教会にいては「水と霊」を行えず、イエス之御霊教会においてのみ達成される事を。身代り洗礼また然り。

私は神の御声に従い、私はイエス之御霊教会へと導かれた。妻と生れたばかりの長女を連れてである。

        *    *    *    *    *    *    *    *    *

私がN師らと共にいる時に、肉親の一人が私の決意を翻させようとして来て言った。

「ねえ、帰ろうよ。ねえ、帰ろうよ。」と。

その時N師が鋭い声で言った。

「見よ!!」

私がカッと目を見開くと、霊眼が開かれた。

その肉親の体に巻きつくように青白いサタンの霊が憑いて、じっと私を見ていた。

「ねえ、帰ろうよ」

と、その悪霊が、肉親の口を用いて言わせているのだった。

正体が見えた。

「帰らない!!」

と私は言った。

イエス之御霊教会とユナイト・ペンテコステ教会との霊の違いをはっきり知った。

これが、私のユナイト・ペンテコステ教会との決別の時である。

なんぢら去よされよ 彼処をいでて汚れたるものに触るなかれ その中をいでよ ヱホバの器をになふ者よ なんぢら潔(きよ)くあれ なんぢら急ぎいづるにあらず 趨(はし)りゆくにあらず ヱホバはなんぢの前にゆき イスラエルの神はなんぢらの軍後(しんがり)となり給ふべければなり    -イザヤ書52:11,12-



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2012.07.30 / Top↑

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