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不思議・徴

◎ 祖母の救い

我が家の家族が全員救われた後、親戚にも福音をという心が起きた。
同じ札幌市内に祖母が叔父と二人で住んでいたので、そこへ伝道に行ったのである。

祖母は、少女時代に両親に連れられて北海道に渡ってきた人である。
本名は藤田マサと云うのだが、政子と称し、候文の手紙を読み書きしていた風流な人で、一面明治の人らしく矍鑠とした性格を持った人であった。自宅で華道池坊と琴の師範をしていて、家にはいつも若い女性の生徒たちが出入りしていた。

若い頃に心臓を患い、人に勧められて或る宗教に入り、願掛けをしていたそうである。
そいう具合なので、キリスト教の話しをしても、一応孫の話しは聞いてはくれるのだが、信ずるというようにはならず、叔父の邪魔が入ったりで、おじゃんになっていた。

そうこうする中に、叔父から「母の具合が悪い」という知らせがきた。
私の母は、すぐに飛んで行き、私も後を追って祖母の家に行った。

見ると、奥の8畳間に床が敷かれ、祖母が寝ている。顔を覗くと心不全を起こしているのだろうチアノーゼが出ていて手は冷たい。目は見えず、耳は聞こえるようだが、返事をしない。

親戚の人たちが急を聞いて三々五々集まって来た。皆心配気な面持ちである。
近所の内科の先生が往診に来て聴診器を当てゝいたが、良くなる見込みがないと診て、「何かあったら知らせてください」と言って帰って行った。

その日も夕方になったのだが、親戚一同心配で祖母を囲んで話をしていた。
母は、祈るしかないと「イエス様、ハレルヤ、ハレルヤ・・・」と異言で祈り始めた。だんだんその声が大きくなった。

私も、勧められた夜具に身をもたせながら祈りはじめた.
「イエス様、祖母はまだ救われていません。このまヽ死んでしまったら、亡んでしまいます。どうか救ってください」と切に祈った。

すると、不思議なことが起こった。
私の心の中で声がするのである。「癒されるぞよ!」と。
始めは小さな声だったが、次第に大きくなり、抑えきれなくなって、聖霊に満たされ『汝らのお祖母さんは癒されるぞよ!』と言葉が出た。
続いて『十字架の御血潮により、ただ今ここに癒しの御手が伸べられました』と言葉が出た。
叔父があわてて止めようとしたが止まらない。

暫くして我に返ったが、また祈りたくなり、夜具に寄りかかると『癒されたり、癒されたり・・・』と聖霊によって預言を言わされた。

また我に返り、ふと祖母を見ると、眼を少し開けている。思わず『おばあさん目が見えるの?』と聞くと『うん』と返事をした。私は天にも飛び上らんばかりに喜んだ。母も同じ。親戚の人たちも驚いて駆け寄ってきた。
『信仰の力って恐ろしいものだね』と叔母の一人が言った。

そのあと『聖霊を受けよ。汝ら聖霊を受けよ』と御霊によって預言が出た。
そして福音を証したい気持ちになり、御霊が私の口を開き、
『それ神はその独子を賜うほどに世を愛し給へり、すべて彼を信ずる者の亡びずして永遠の生命を得んためなり』 ーヨハネ伝3:16ー
この聖言を始めとして、創世記から主の十字架までを語らされたのだった。

そして何と、祖母がむくむく動き出した。尿意を催したので厠へ行くというのである。皆が制するのに祖母は這って厠に行ったのである。皆ただ唖然として見ていた。

一先ず安心し、皆が床に就いたのだった。

翌日、内科の先生が様子を聞きに来た。祖母が意識が戻っているのを見て驚いて帰って行ったのである。

昭和28(1948)年5月4日のことである。

その後、祖母は小康を得たのでイエス様のお蔭で良くなったのだと話をし、聖霊を受けるように勧めると喜んで祈ってくれた。

やがて時が来て祖母は天に召されて行ったが、後日、母によって身代わり洗礼が為されたのであった。 

またこの出来事を通して福音の実が結び、救われる親戚の人たちがいたのである。ハレルヤ!

御霊の顕現をおのおのに賜ひたるは、益を得させんためなり。・・・ある人は一つ御霊によりて病を医す賜物、或人は異能ある業、ある人は預言、・・・  -コリント前12:7~11-










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2011.11.06 / Top↑

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